昔の記憶が薄らいで行く事をいつから自覚をしたのか定かではない。初めて温泉に入ったのがいつであったのかその様な記憶も無くなってしまった。
私の記憶では日当山温泉の清姫温泉が幼い頃の記憶として浮かび上がって来る。今は高級路線になり私は当地で湯浴みをするに値しないのだが、数年前に最後に湯浴みをした時も子供の頃に湯浴みをした時と同じ様に熱い湯であった。母や祖父と共に赴き熱く、子供には泳ぐに丁度良い深さの湯船には入って居られず寝湯の場所に座り祖父が湯浴みをするのを見ていた記憶がある。今ではシャワーがあるのが当たり前だがその事は熱湯と水のカランが二つそれぞれに並びそれぞれの配合具合で温度が変わった。今思えば不便な様にも感じるが趣きがある。今も混合栓にはなりはしてもサーモスタットのない物は楽しい。
ひょっとしたら初めての温泉は違ったのかもしれないがこれが今も残る最古の思い出である。
人により温泉との出会いは違うのであろうが、幸いな事に記憶の無い頃から温泉と触れていた私は温泉欠乏症候群を発症する萌芽を植え付けられていたのである。まだその様な病名など無かった時代にも確かに存在して居たのである。祖父は自転車で国分から日向山まで通って居たと聞く。
立派な温泉欠乏症候群である。運転手を頼むのも煩わしいほど温泉を渇望していたのであろう。そう考えると私の温泉欠乏症候群は遺伝的な要素を色濃く窺わせる。
そう考えると私の従兄弟の多くは温泉欠乏症候群である。西郷さんも通った日向山。明治の元勲も温泉欠乏症候群を患っていたと推定される。都を辞したのも温泉欠乏症候群が由えだったのかもしれない。そう考えると我々が仕事をサボって温泉に行きたくなるなど小事に過ぎない。