日本という地質学的、民俗学的背景を持つまたは理解する人が温泉に赴き湯に入るという文化的側面の強い行為により日常で感じている心身の不具合に変化を起こし、かつ日常生活の中で温泉に入るという行為が意識上に繰り返し現れる又は温泉に入りたいと強く欲すると温泉欠乏症候群が疑われる。本来温泉中毒症候群とすべきだが昨今の言葉を無味乾燥にする傾向に倣い温泉欠乏症候群とした。
本邦における正確な罹患率は不明だが、私の温泉地での聞き取り調査ではほぼ100%の罹患率であった。温泉には多くの効用がある事は斯界で報告がなされており、同時に多くの温泉に行った経験のある人は効果を実感している事であろう。
温泉に入るという事の文化的な側面は本文も読んでいる人には慮外かもしれない。
梅干しという日本の食文化を持っている又は体得をした人には梅干しという単語で唾液の分泌が活性化される。これは梅干しという食文化が形成をした反応である。好悪に関わらず梅干しという概念を想念するだけで反応が起きるのである。梅干しの如く、温泉という単語も生理的な反応を惹起する物である。梅干しと比べると温泉の生理的な反応は多様である。その個人が持つ温泉との関わりが形成する反応であると推定される。この事は温泉に着いた時、温泉の香りがした時、脱衣所から浴室に入る時、または湯を浴びた時、湯船に入った時の人の表情が様々な事を観察されれば理解し得るであろう。長年をかけ形成された民俗学的な温泉文化と個人の温泉遍歴が織りなす反応である。
梅干しにも様々な種類があり各々の好みがあろう、同様に温泉にも様々な温泉があり思い描く温泉は各々異なる。塩のふくような物から瑞々しい物まで、顔を顰める様なしょっぱい物から甘い物まで全て梅干しであり唾液分泌が促進される様に多種多様な温泉も全て温泉であり全て生理的な反応を引き起こす。人によって同じ温泉でも反応は異なり、また同じ個人が温泉によって反応が異なるのである。
言わんとする所は温泉の効能で温泉を分別する訳ではないという事である。
温泉欠乏症候群とは症状別にや疾患別に温泉の効能を鑑み選ぶという従来の考えとは意を異にする。
患者が温泉に滞在中に得られた安息感や充足感、開放感、湯悦を温泉から離れる事により回想をしまた行きたいと考えてしまう。件の様に思考に温泉が現れればそれは温泉を欲しているという症状と疑われる。
また温泉に入る事で軽減した症状が日常で再燃すればこれも同様に温泉が欠乏した症状だと考えられる。
国民生活基礎調査によれば日本人の多くが腰痛や肩こりを自覚している。腰部から背中、首までの症状は現代の生活により誘発される事が多いとされる。温泉に赴く・湯に浸かると言う行為にはこれらの症状の緩和効果がある。よって現代では温泉欠乏症候群の爆発的な流行が起こり得る。
この様に温泉欠乏症候群には肉体的な側面と心理的な側面の両面があり、片方でも十分に該当する
そして文化的側面が強く個人によって温泉の概念が違う事も考慮せざるを得ない。
人それぞれに最適な温泉は違うのである。